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〔本感想〕 協力と罰の生物学 大槻久 ◆ 生物の利他・共生行動は知られているけれど、それらに「タダ乗り」した場合に科される罰が紹介されていて新鮮。

 リッカガは、リッカの受粉を丁寧に手助けして果実を生み出させます。そしてその果実を食べて、リッカガの幼虫は育っていきます。
 ここまではよくある共生関係。
 しかしもしリッカガのほうが、さらに有利に事を運ぼうと、果実により多くの幼虫を産み付けた場合は、その関係が崩れます。果実が食いつくされることに対して防衛的になったリッカはその果実の成長を止め、卵ごと実を落としてしまうんです。
 そのためリッカガのほうも、適度に産卵し、すでに他のリッカガが卵を産み付けたリッカには、産み付けないようにしているようです。
 親しき中にも礼儀あり……。

 他にも多くの事例が取り上げられています。利他・共生関係の紹介から一歩踏み込んで、利他・共生関係を利用して「タダ乗り」した場合の罰について触れているところが面白い一冊ですね。
 罰の種類にも、反省を期待する懲罰と、関係を断ち切る制裁があるらしく、懲罰の場合は攻撃したり群れから追放したりなどですが、制裁の場合は窒息させたり殺したりとおそろしい重罰が待っています。
 うーん。どの生物社会も厳しい。

 後半はヒト社会についても触れられていましたが、生物学的な視点よりも社会学的な視点の領域になってしまってちょっと残念でした。
 ただ、古代は集団内の付き合いが密で、何か良いことをすれば他の人にすぐ広まり、利他的行動・「情けは人のためならず」が自分の利益に大きく寄与していたという話は興味をひかれました。現代社会では成り立ちにくいことですね。

 他人の視線を気にして生きるのはとてもわずらわしいものですが、他人の視線がなければしない善行、あればしない悪行があることもまた事実で……。この話を見ていると、「情けは人のためならず」が適用される程度の「視線」は残していった方がいいのかもしれません。
 もちろんこれまでの社会の在り方に戻すのは無理でしょうが、インターネットを使った変則的な「視線」を感じさせるシステムは作れそうな気がします。下手をすれば、過剰な相互監視ということにつながってしまいそうですが。
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