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〔本感想〕 戦争論 クラウゼヴィッツ著、淡徳三郎訳

◆ 戦争がもつ不確実性は「豊かな可能性」に読み替えられやすいとクラウゼヴィッツは指摘する。鬱屈した現状を脱出し「賭け」に出たがる人間が増えれば危険性は高まる。

 第二次世界大戦開戦直前の1938年、イギリスの首相チェンバレンは、ミュンヘン会談のあと「世界平和を保った英雄」として自国民に迎えられた。
 しかしいまその行動を評価する人間はおそらく多くない。ミュンヘン会談に臨んだヒトラーは、チェコスロバキア領ズデーテン地方の割譲を「最後の領土的要求」とのたまい、何の不利益もなく、ズデーテン地方を手に入れることに成功した。チェンバレンらの宥和政策、「譲歩」の結果だった。ヒトラーはこれに味を占め、さらなる領土的野心を燃え上がらせていく。
 
 クラウゼヴィッツの『戦争論』にはこうある。

 敵の戦闘力の壊滅を目的としていない場合には、そして敵の方でも流血の決戦を求めておらず、むしろこれを恐れていることの確実な場合には、充分に防禦されていない、あるいは全然無防禦の一郡県を占領することは、それだけで利益になる。

 イギリス・フランスの抵抗の弱いことに驚き、主要国が第一次大戦の再来をおそれていることを悟ったナチスドイツは、ソ連と秘密裏に中立協定を結び、ポーランド侵攻に踏み切った。

 プロイセンの将軍・クラウゼヴィッツの遺稿『戦争論』は1832年、クラウゼヴィッツ夫人によって出版された。過去の戦史や当時まだ記憶に新しかったナポレオンの軍事行動を分析し、戦争の原則論を導き出そうとしたものだ。
 戦争はありとあらゆる事象の統合体として出現する。そこは不確実性、偶然の支配する世界だ。クラウゼヴィッツの時代には、精神面等の数値化できない部分を排し、数字に表れる範囲だけで原則を求めようとしたものや、ほとんどの事象を軍事的天才の行為に帰結させてしまう議論が主流だったようだ。クラウゼヴィッツはそれらの論を否定し、戦史と実際に戦場に立った自分なりの経験則を織り交ぜ、戦争で守られるべき原則を分析してまとめあげた。

 あくまで原則であり、時と場合によって有効な方策には違いがあるという。だがその洞察は後世にも通じるものが多い。先の引用ではナチスドイツで例示したが、最近では、ロシアが妥協点を目ざとく見つけだしクリミア併合を実現した。南沙諸島もここへ含まれるかもしれない。

 別の例を挙げると、クラウゼヴィッツは、戦争は政治の手段として行われるものであり『どんな戦争でも、それによって、またそのなかで何を達成しようとしているのかをあらかじめ計画せずには、開始されるものではなく、また開始されるべきではない』としている。旧日本軍が泥沼にはまった日中戦争は「どこをどうすれば勝利」という明確なビジョンもないまま始められた戦争だった(「東亜新秩序建設」は開戦の1年半後に近衛内閣が提出したもの)。

 さらに旧日本軍の行動を停滞させた「抗日運動」、つまり侵略された国家の民間人による絶え間ない抵抗の有用性にも、クラウゼヴィッツはしっかりと言及している。旧日本軍の指揮官が人民武装の項目を読んでいたなら、住民に対して苛烈な姿勢をとらせたり、懐柔を軽視したりすることはなかっただろう。(そもそも中国の広大な国土を支配できる、などと言う夢想も抱かなかっただろうが)

 本書は戦争の原則を導き出している本だが、それゆえ、ここに書かれている「戦争が起きる条件」を満たさぬようにするための指針になる。
 侵略国家は平和主義者だとクラウゼヴィッツは書いている。侵略する側は、究極的には無血で利益を得ることを望んでいるからだ。侵略された側が抵抗することで、初めて戦争が始まる。残念ながら、やはり「平和主義者」に「平和裏に利益を得られる」と思わせないために、一定程度の軍事力をもち、軍事力を行使する「そぶり」を絶えず見せていくことが不可欠なのだろう。
 しかしそのために苦痛を強いられている人々が大勢いる。この葛藤が尽きる日はくるのだろうか。



(欄外)
『戦争論』 クラウゼヴィッツ著、淡徳三郎訳 1965年 徳間書店発行
この淡徳三郎訳では、第5編などが、武器の性質が当時から一変しているため、読みやすくするという著者の意図のもと削除されているようです。
完全なものを読みたいという方は別の訳を探して手に取った方がいいかもしれません。
ただし、1930年に本書を訳した著者が、改めて1965年に現代風に訳したものなので、読みやすい本であることも付記しておきます。
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