スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

〔本感想〕 帰化人 古代の政治・経済・文化を語る 関晃

帰化人--古代の政治・経済・文化を語る (講談社学術文庫)

◆ まだ日本列島と朝鮮半島の境目があいまいだった時代、海を渡ってやってきた先進的な人々がいた。


 『彼らのした仕事は、日本人のためにした仕事なのではなくて、日本人がしたことなのである』(12ページ)

 『古事記』と『日本書紀』の古代部分の記述は信用できないものとし、他の資料から多角的に検証した著者が、帰化人の事績をまとめた本です。
 朝鮮半島に朝廷の間接統治領・任那が存在していたと思われるころからすでに、密接にかかわっていた古代の日本列島と朝鮮半島。任那が失われてからも、朝鮮半島の国々からは朝廷に貢物が送られ、また、朝廷からは大陸直通の技術を求めて留学生も送られて、人の往来も活発でした。

 先進的な大陸の技術・文化を持ちこむ帰化人は歓迎され、さまざまな要職につきます。著者は帰化人を便宜的に「古い帰化人」「大化の改新以前の帰化人」「大化の改新以後の帰化人」「奈良朝の帰化人」とわけて読者に説明し、それぞれがどのように動いていったか、やがて帰化人が目立った存在でなくなるところまでを追います。


 第一編で主に扱われる「古い帰化人」は、その名の通り古くから日本にいた帰化人の系統です。当時は先進的だった技術が、子から孫へ伝わるうち時代遅れなものになってしまいました。しかしその多くはあとからやってきた「大化の改新以前の帰化人」の一部を監督する立場となります。さらにそこから中央豪族(のちには貴族)化していく様子までが、資料の検討によって明らかにされていきます。

 ちなみに「古い帰化人」のなかのある一族は、時代が下ってから、坂上苅田麻呂とその息子で初代征夷大将軍の坂上田村麻呂を輩出。さらに彼を征夷大将軍に任命した桓武天皇、『その生母の高野新笠は百済の武寧王から出たという和史氏の出身だったから、「百済王らは朕の外戚なり」と言って、とくに厚遇した』そうです(195ページ)。


 第二編の主役は「大化の改新以後の帰化人」「奈良朝の帰化人」。
 新羅が朝鮮半島を統一する過程で、滅亡した百済からの要請を受けて出した軍が、新羅と盟を結んだ唐軍によってさんざんに打ち破られた白村江の戦い(663年)。その結果、一時的に唐や新羅と険悪になります。間の悪いことに、これまでの制度が行き詰まり、新たな制度、(大宝律令につながっていく)制度の構築が最後の大詰めに来ていたところでした。

 最新の文物を摂取できなくなり、苦しい状況に置かれた朝廷。そこで活躍したのが、新羅に滅ぼされた百済や高句麗で王朝を構成していた、教養ある帰化人たちでした。日本に確固たる律令制度が誕生した陰にも、彼らの姿がありました。


 やがて帰化人たちは帰化系の姓にかわって日本風の姓を競って望むようになり、歴史の表舞台からは帰化人の存在が消えていったとか。
 著者の言うように、彼らのしたことは日本人のしたことなんですね。歴史のロマンがあふれ出ちゃってますね……。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。