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〔本感想〕 賜物 ウラジーミル・ナボコフ

賜物 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2)

◆ 暴力的なまでに密度の濃い文章が読者を襲う。密度の暴力と取引した何層にもわたる風景描写が味わえる一冊。

  とにかくもう読み始めから文章の濁流が襲ってきます。二回、三回、四回と紙が破れるほどの筆圧でぐりぐりと同じ風景をなぞり、改行ほとんどなしの文章が580ページまで続くので、最初の100ページまでどうにか読み終えたときは絶対に挫折すると思いました。

 主人公のフョードルが魅力的ならまだ救いになったのでしょうけど、同じロシアのラスコーリニコフさん(『罪と罰』)にも負けず劣らず周りを見下しまくっており、そのわりに女の子や女性を見ると気持ち悪い目で物色を始め偉そうに語り出す始末。こいつはほんとにねえ……いや、もう読み終わったからいいんですけどね。

 おまけにこの小説を深くまで楽しむためには高水準のロシア知識も要求されます。ロシア語にまつわる話が展開されるので、文法や詩韻に通じ、ロシアの文芸で少しでも名前の出る作家をある程度読んだことがあり、ロシア語に堪能なら言うことなし。

 読む前から尻込みする文章量、最悪な主人公、求められるロシア知識水準の高さ、ここまでですでに、読者はかなり絞られてきますよね……。
 それでも一応ここにこうして書いているということは、どうにか読み終えたからです。どうして読み終えられたのかと言うと、162ページまで意地と気合で読んだことが大きいですね。

 162ページからは、一時的に主人公の両親の話が始まります。
 そこで、フョードルの母と父の若かりし頃のエピソードがすごく好きになり、その思い出だけを大事に抱えて最後まで読みきることができました。

 『それから、こんなことも考えます――あの頃はときおり自分が不幸に思えたけれども、わたしはいつでも幸せだった、あの不幸は幸せの彩りの一つだったんだ、いまではそれがわかるってね』(『賜物』165ページ)
  主人公の母が、博物学の仕事で不在がちだった亡き父について主人公に手紙で語る場面です。

 若いころの母、父の長期の旅を前に一度だけどうしても不安でたまらなくなり、旅支度をわからないなりに一生懸命やって、馬車を乗り継ぎ後を追うことにしました。
 ついに追いつき仕事の相談をしているらしき父を見つけるんですが、母がうれしくなり駆け寄ると、それに気づいた彼は恐ろしい声で一言だけ「家に帰るんだ」。

 母は一も二もなく踵を返して帰りの馬車に乗り込み、呆然自失。泣きじゃくるのをこらえていると、馬車に、父の駆る馬が追いついてきます。その後きちんとしたお別れができ、母は元気いっぱいで帰り、めでたし。
 このときの母の感情の機微がとてもよく描かれていて、本当にいい場面なんですよね。


 くどいくらい徹底的に場を書き出す文章にも後半は慣れました。ロシア文学にまつわる部分で面白さを感じられなかったのは自分の知識が足りなかったせいなので、その面でも特に不満はありません。
 残念だったのは人間描写が自分の感覚と合わなかったところだけで、何重にも折り重なった風景描写は見事と言うほかなく、フョードルがただの影だったらなあ、と惜しみたい気持ちになる作品でした。
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