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〔本感想〕 イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告 ハンナ・アーレント(著) 大久保和郎(訳)

イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告

◆ 強制収容所への移送に尽くした男。悪意を持って悪事をなす、そんな既存の概念では扱いきれない犯罪が、ユダヤ人哲学者の手により分析された一冊


 hackerさんの書評とぽんきちさんの書評がきっかけで手に取りました。
 「最終解決」という符号で呼ばれたナチスドイツによるユダヤ人虐殺、その際ユダヤ人の強制収容所への移送に深くかかわったアイヒマンが、エルサレムで受けた裁判について書かれた本です。

 戦後アルゼンチンにいたところを誘拐され、イスラエルでの裁判を受けることになったアイヒマンは、特にユダヤ人を憎んでいませんでした。彼は上官の命令をよく守り、職務に一生懸命で、人を殺すという「おそろしいこと」に手を染める度胸も持ち合わせてはいませんでした。
 しかし彼は、ユダヤ人が移送先でどのような残酷な運命に遭うか知っていながらもなお、虐殺によって成果を認められたいほかの部署の妨害にも負けず、熱心に移送を続けました。
 彼は言います、「命令に従っただけだ」と。

 アーレントはアイヒマンを、主導的に虐殺を指揮した大悪人に仕立て上げようとする見世物裁判に対して、いくつもの痛烈な批判を浴びせます。それにより、当時の世論において、彼女はアイヒマンを擁護していると誤解されるほどでした。一部の書評家たち、そしてそれを利用する人々によって、本の持つ「イメージ」によるバッシングが起きました。
 しかしもちろんアーレントは、アイヒマンに同情的になっていたわけではありません。行動が明確な悪意をもたないものだとしても、命令に従ったのだとしても、アイヒマンが手を下さなくとも彼の代わりに誰かが実行するのだとしても、結局実行したのはアイヒマンであり、罪は罪であると、容赦のない断罪をくだしています。

 彼女が批判したのは、一個人に対する刑事責任を問う形で行われる裁判で、既存の法律の枠ではとらえきれない大規模犯罪を扱おうとした裁判の在り方そのものでした。
 西ドイツによる戦争犯罪者へくだされた「温情」判決や、これまでユダヤ人が自分たちに対して行われた罪を裁く国家機構をもたなかったことに触れ、一定の理解を示しつつも、彼女は批判の手をゆるめません。

 その批判された裁判の在り方は、この本が沸騰しやすかったわけにもかかわってきます。裁判においてアイヒマンと関わりのない犯罪までが取り扱われたことが原因で、アーレントはアイヒマンが実際にかかわった犯罪とそうでない犯罪を区別する必要に迫られたからです。

 アーレントはその、アイヒマンの犯した罪を限定するための論証の中で、「ユダヤ人評議会」に代表されるような、上流階級のユダヤ人による、被虐殺者の選別行為(リスト化)に触れました。これも、「アイヒマンの擁護」と並んで、彼女が大バッシングにさらされた理由だろうと容易に想像がつきます。
彼女は本を書いただけでしたが、猛烈な批判をうけ、それまで親しかったユダヤ人の友人をほとんど失いました。(NHK 解説アーカイブ「ハンナ・アーレントと"悪の凡庸さ"」)


 ユダヤ人でありながら、ここまで客観的な視点を持ち得たたぐいまれなこの哲学者は、今後もまたこうしたことが起こり得るだろうとしています。
 本書に書いてあった、そのとき参考になるかもしれないひとつの事例を紹介しておきます。
 それは、ブルガリアという小国(ドイツに比べて)が、ナチスのユダヤ人引き渡し要求を拒絶し、また、現地に派遣されたSS隊員までもが実行をサボタージュしたという出来事です。

 きっと虐殺者は、被虐殺者による反対には耳を聞き入れません。虐殺者と被虐殺者の間に明確な力の差があるからこそ、虐殺が行われるからです。
 しかし虐殺者の側にある者たち、あるいはその二者関係の外にある人間が強硬な態度で反対を示したとき、虐殺の勢いは目に見えて衰えました。ブルガリアのような小国ですらも、ユダヤ人の多くを守り切ることができた、これは、大いに参考にするべきものではないかと思います。被虐殺者に何かできたのではないかと問うことは、ひいては、被虐殺者のために何ができなかったのか、と問うことでもあるのかもしれません。



(欄外)
 興味深い本でしたが、文章の途中で「――○○――」や()でくくられる部分が非常に多く登場し、そこに余分なレトリックがかかってくる読みにくさには苦しめられました。
 レトリックのなかには、ナチス側の言い分をもじった相当ブラックな皮肉もあるので、そこも誤解された理由の一つではないかと思えます。ハンナ・アーレントが事実だけを見ようと努力したと、今の私たちは知っているからアーレントなりの皮肉だと気づけますが、それでもときどき、どきりとしてしまう文章がありますから。
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