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〔自作小説〕 『みなもに波立つ陽』後編

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後編です。

前編
中編
 高校に入ってからスマートフォンを持たせてもらった僕と亜貴は、それを使って色々とやりとりをしていた。そのやりとりが、帰省を終えたあとにはなんだかぎこちなくなり、今では完全にやりとりがなくなった。毎日のように遊んでいたゲームアプリも、最近、起動していない。
 喧嘩したわけでもないのにどうしてこんなことになったのか、僕には、わかっていた。
 あのとき……。あの夕暮れどきの縁側で、まっすぐに気持ちを伝えるのが恥ずかしくて、変に遠回しな言い方をした。そのせいだ。
 何度も何度も、あのとき自分の選んだ言葉が思い出された。気になって、うまく眠れないときもあった。
 けれど盆休みを挟んで再開したテニス部の練習は炎天下の中で激しさを増して、家に帰ってきてから亜貴とのこじれた関係に回すような気力はなかった。
 メッセージを送ろうとしてやめ、電話をかけようとしてやめ、そんなことを繰り返しているうち、夏休みも残り一週間になってしまった。

 他市への練習試合の帰り、みんなが駅前のラーメン屋に寄ろうと盛り上がっていて、僕も初めは一緒に行くつもりだった。だけど、亜貴の家の最寄駅を通り過ぎてから迷い始めて、駅を出る直前、僕は迷いに迷ったすえ、足を止めた。
「ごめん、ちょっと頼まれてた用事思い出した」
「はあ?」
「また明日!」
 そう言って別れて、改札へ戻った。
 電子マネーのカードを読み取り機に押し当てて改札を抜け、逆戻りする電車がやってくる、三番線に向かった。僕は電車を待つ間、亜貴に電話した。ちょうど亜貴も部活の帰りで電車が来るのを待っているらしく、駅で待ち合わせをすることになった。
 やってきた電車に乗り、亜貴の家の最寄駅につくまで、亜貴に会ったら何を話そうかと考えてみたが、何も思いつかなかった。
 誰もいない駅で降りて、簡易改札でカードの認証を済ませ階段を下りた。踏切を通って反対側に渡り、テニスラケットの入ったケースとスポーツバッグをコンクリートの上に置いて突っ立っていたら、電車が入ってきた。
 電車から降りたのは亜貴ひとりで、亜貴は降りながら電車内の女子たちと何か言葉をかわし、手を振りあっていた。踏切の警報音とともに電車が行ってしまうと、駅のまわりにいるのは僕と亜貴だけになった。
「突然、何? 急用?」
 亜貴はやや不機嫌に、キーホルダーのようなものを人差し指の先で振り回しながら、むきだしの階段を下りてきた。
 そして僕の目の前を過ぎていく。僕が何も言わずにあとについていくと、亜貴は自転車置き場で自分の自転車にキーホルダーを近づけて、鍵を開けた。
「別に、用事はないんだけど」
「ふざけてるの?」
 亜貴は自転車に乗らず、押し始めた。
「ふざけては、いない」
 亜貴の左側に並んで、歩きはじめる。めったに車通りのない農道がまっすぐのびて、駅から一番近い建物――亜貴の家が遠くに見える。
 ふざけてはいないけど……。
 上手く言葉が出てこない。
「まだ時間あるよね」
 僕はどうにか、その確認だけはした。
「うん」
「池に、寄ってかない?」

 何度も亜貴と過ごしたこの場所なら、少しは、うまく話せるかもしれない。
 亜貴が雑木林の手前の農道で自転車を停めているあいだに、僕は先に池に行った。
 あれほどうるさかったアブラゼミの鳴き声も聞こえず、少し不気味な静けさが漂っている。夜には来たくない。
 池のへりの近くにスポーツバッグを置き、その上に座って待っていると、亜貴が木の枝をかき分けてやってきた。
「使えば」
 と言った彼女が、何かを投げてくる。円筒形のそれは虫よけスプレーだった。
 このあいだのこともあったので、きちんとかけておいた。
「他人と、何を話すのかは決めた?」
 亜貴は池の入り口に立ったまま、あさっての方向を向いたまま、言った。
 僕は一瞬まごついて、
「それなんだけど」
 どうにか言葉を挟んだ。
 亜貴の方を見上げる。
「他人がいいなって言ったのは、関わり合いになりたくないって意味じゃなくて、僕は亜貴と……亜貴ともっと……」
 どうしても、続きの言葉が口から出てこない。
 ふと、亜貴が僕の方にようやく目を向けてくれた。人差し指を立てて、唇の前に持っていく。
「続きは、言わない方がいいよ」
 亜貴はそれからまた、困ったように笑う。
「本当に、終わっちゃうから」
 これは、拒絶の言葉なんだろうか。
 僕はショックで何も考えられなくなり、俯きかけた。
 けれど亜貴は、続きを呟いた。
「でも、わたしは昔からずっと、そう思ってたよ」
 俯くのをやめる。亜貴は僕と同じようにスポーツバッグを地面へ置いた。スカートをきちんと押さえながら、足を伸ばしてそこへ座った。
 顔が熱くなってくる。
「今まで通りじゃ、駄目なのかな。こんなことなんて忘れて、今まで通り」
「今まで通りが出来なくなったから、気まずくなってるんだよ」
 亜貴が言う。僕も応える。
「わたし、高校行ったら、好きな人とかできるのかなって思って、それに期待してた。でも、できなかった」
「僕は、亜貴と遊んでるときが、いちばん楽しい」
 亜貴は地面に生えている雑草をむしり始めた。
「だから、そういうのやめようよ」
「亜貴が振ってきたんだろ。このあいだの縁側のも。あのまま流すつもりだったのに」
「だって」
 亜貴が、ぶち、ぶち、といっそう激しく雑草を抜いていく。
 その後に何か言葉が続くかと思って待ったけど、何も続かなかった。
 スポーツバッグから立ち上がり、何気なく池のへりへ近づいていく。後ろで亜貴も立ち上がった。
 ぼんやりと水面に目を落とすと、亜貴が隣にきた。右腕と左腕がくっつくほど近くに。
「ね。このあいだ、勝手に先回りして言われたけど、わたしは、逆だったんだよ」
「え」
「家族だったらよかったのにと思ってた。いつも、一緒にいられるから。こんなめんどくさい気持ち、気づかないふりできたから」
 水面を何かが動き、小さな波が立つ。
「それが、さっきの言葉を聞いて、他人のほうがよかったなと思って……。でも、また少し考えて、思うよ。完全な家族だったら、こんなふうな気持ちは持っちゃいけないって言われてた。完全な他人だったら、そもそも会うきっかけがなかった」
「うん」
「だから、わたしたちは中途半端で、いいんだと思う」
 亜貴の方を見ると、困ったような笑いは浮かんでいなかった。
 少しからかうような、挑発するような、いつもの笑い方だった。
 僕も笑い返す。
「そうだね」
 亜貴は手に持っていた雑草を、ぱらぱらと池に放した。
 ふわりふわりとささやかな風に揺られて、静かに落ち、たゆたう。
 西日を揺らす小さな波紋が浮かんで、消えた。
「よし」
 亜貴は手を何度か払ってから反転し、池の入り口に向かって、弾むように歩き始めた。
「今日帰ったら、久しぶりに協力プレイ、してもらうからね。最近さぼってたぶん、ながーい時間、付き合ってもらうから」
「いいよ。代わりに今度、何かおごってもらおうかな」
 言いながら、夕暮れに染まる名もない池に背を向けた。



終わり
(2016/4/23)
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